日記
日記や短文です。
↓日付は、 ブログのように、一番下から始まります。
[2011年4月]
4月13日(水)
日刊スポーツは、嶋が大きく一面!
他の新聞も、ほぼすべて、そうみたいだった。
くにぞうは、嶋の記事を求めて、別のスポーツ新聞を買いに。
楽天は昨日と同じく、ロッテと2戦目。
そして
今日は、今日で、
山崎武司が3ランホームラン…(号泣)。
こんなことってある…?!!!
これまた、楽天ファンが待つ、レフトスタンドへ一直線!
かっこいいよ、42歳…。
ベンチに戻ったら、星野監督や田淵コーチに、
笑顔で頭をパコパコ叩かれ、祝福されていた。
5-1で連勝。
はーーーーー。もう、なんと言っていいかわからないくらいの感動…。
神様がいるとしか思えないような、ドラマティックな連勝だった。
**********
夜の「報道ステーション」では、
昨日の嶋の3ランにまつわる、すごい話が。
こないだ、避難所で
幻になった開幕チケットを持った親子が取材されてて、
その放送を見たロッテファンの男性の視聴者が、
自分が行こうと思っていた、
ロッテでの開幕戦のチケットをその親子に譲りたい、
という電話が、テレビ朝日にかかってきたそう。
(な、なんて、いい人なんだろう…)
それで、その視聴者の方が旅費も負担して!、
バスで東北から千葉までやってきた親子は、
なんと嶋のファンだそうで、
嶋がそのことを事前に聞いて、試合前に球場内で親子と会っていた!
(避難所で、幻のチケットへサインしたのも、嶋だったのだ!)
娘さんは、嶋と話すだけで泣いていた。
そして嶋は、
「まあ、勝つか負けるか、それはちょっとわからないですけど、全力で。
あきらめないことだけは、できるんで…」
と言っていた。
それで、親子で楽しんで応援していたら、
あの3ラン(泣)!!!!!というわけです…。
こんな奇跡みたいなことって、あるんだな…。
そのお母さんは、
「野球を見ている時は、震災のことはいっさい忘れていました。
あのチケットで勇気を持つことができました。
本当にありがとうございました」と言っていた。
娘さんは、
「東京に来る前は、不安な気持ちは消えてなかったんですけど、
今日の楽天の試合を見て、
いつまでもこわがってちゃダメなので、もっと強くなろうと思いました」
と。
私も野球を観ていると、
夢中になって応援してて、不安な気持ちはどこかへ行っている。
みんなが必死にやってくれているのを見てるだけで、嬉しい。
わからないけど、
今、そういうものがあって、よかったと思う。
4月12日(火)
野球が、セ・パ同時開幕。
グラウンドに整列した選手達の顔を見て、
こんな状況の中で、野球をやる、
ということの重さをみんなが持ちながら、
全力でいこうとしている、というような決意を感じる。
楽天は、千葉でロッテと。
岩隈と成瀬の投げ合いで、すごかった。
特に成瀬がすばらしくて、
今日は打てないんじゃないか、というほどのできだったのに、
1-1の同点にやっと追いついた後、
奇跡のようなことが起きた。
選手会長の嶋が、初球を思いきり、振って、
そしたら、その球が、伸びて、伸びて、
3ランホームラン…。
自動的に涙が出て、わあああああと叫びながら、くにぞうと抱き合う。
そのホームランが打ち込まれたあたりにいた、
嶋の応援プラカードを持っていた女の子の、目が見開かれたままで、
隣の子が騒いでいるのに、
その子が固まったままで、信じられない…
という顔をしていたのが、目に焼き付いている。
(あ、ホームランの動画に、その子が写っていました…)
嶋は去年、年間で、
たしか3本しかホームランを打ってないような選手。
だから、こんな顔になるのも、わかる…。
でも去年は、正捕手の座をつかみ、3割も打ちまくって、
今年、選手会長になってから、
この間のすばらしい挨拶(←この後半)といい、
こないだ仙台に帰ったのも、
選手代表として球団に直訴して、実現したみたいだし、
嶋、えらいな…、ということばかりだった。
その、象徴のような、ごほうびのような、
神がひょいと手を貸して入ったような、3ランホームラン…。
しばらく泣いていた。私。
******
わずか数年前は、
ノムさんにベンチで立たされて、説教で、打つほうも全然できなくて。
その嶋とは、別人のよう。
きっと意志はずっとあって、
努力も続けていて、
日頃の態度もよくて、身ぎれいにするように気をつけたり、
家もおヨメさんにきれいにしておいて、と言ってあったり、
そういうすべてのことが、
こういう時を待って、
こんなすばらしいことに結実したんじゃないかなと、勝手に思った。
だって、岩隈がメジャー移籍するかもしれないから、
嶋に選手会長が回ってきて、
それで、やっぱり岩隈も残ることになって、
この地震の後で、一緒に戦う、という不思議さ。
岩隈も、何か神の采配で、残るべくして残った気がする。
******
試合は3ランの後、また追加点もあげて、6-4で逃げ切って勝つ!!!!!
お立ち台は、岩隈と嶋だった…(泣)。
こんな試合、あるんだな。
試合の途中で、余震もあって、数分間、中断もあったこの試合。
ロッテファンもあたたかくて、
いろんな東北への応援プラカードをつくってきてくれていた。
「12球団がひとつのチームなんです」(サッカーのを真似て)
という紙をもった若者も映っていた。
この試合、一生忘れないと思う。
ニュースで、避難所の観戦の様子を見ていたら、
地元の楽天ファンのちびっこが、
「超うれしい。勝つって約束、守ってくれた」
というようなことを言っていた。
こないだ避難所に訪れた時に、誰かが言ったのかな。
テレビ観戦していたおばあちゃんたちも、手を叩いて、喜んでいた。
今日勝って、ほんとによかった…。(テレビは、楽天からの寄贈)
******
この勝利は、ニューヨーク・タイムズの
スポーツのトップニュースだったらしい。河北新報に記事が。
その結びの文は、
「さまざまな困難を乗り越えながら
楽天が9月に優勝争いをしているとしたら、
ファンばかりでなく日本中を励ますことになるだろう」
オリックスは、阪神淡路大震災の時、リーグ優勝したそうだ。
イチローがいた時代。
今年の秋に、もしも去年最下位の楽天が、
優勝争いしてたら、泣くと思う。
************
夜。日テレ「ゼロ」の震災の特集。
8人家族で、自分以外、すべて行方不明、
妹さんの遺体だけがみつかる、という女子高校生の取材があった。
気仙沼の、三浦美咲さん。17歳。
最初の1週間は、毎日夜、泣いてばかりだったそうだ。
今は、おばさんの家にいる。
でも取材時は、もう明るく
流されてしまった土台だけの家を紹介したり、
インタビューにも、落ち着いて、笑顔で答えていた。
「毎日一日一日を、自分なりに楽しんで、
毎日笑って過ごしていけたらいいと思います。
泣いてばっかだと、やっぱり(亡くなった)家族の人とか心配しちゃうので、
泣いているよりは、笑っているほうが、
家族の人達も安心するかなって 」
「泣いてもいいんじゃない?」と
インタビュアーの板谷由夏さんが言うと、
「いや、もう泣かないです」と
笑顔で、強く言っていた。
「決めたの?」と聞くと、
「決めました」と。
そして、吹奏楽のフルートを吹いている美咲さんは
友達とともに、自衛隊との合同演奏会に。
会場の中には、音楽を聴いて、涙をぬぐう人もいた。
その演奏会後の、美咲さんの言葉。
「やっぱり音楽もなんですけど、
誰か、勇気づける人がいて、
勇気づけられる人がいて、という感じだと思うので、
これから自分は、
誰かを勇気づけられる人になっていきたいと思います」
彼女の笑顔は、ほんものだった。
******
こういうことって、すぐにできるものじゃないと思う。
想像だけと、彼女は、ずっと今までこうやって、
笑って生きてきたんじゃないかと思う。
だから1ヶ月足らずで、こうなれたという下地があるんじゃないかと思った。
日頃の生き方って、ほんとに大事だ。
それが、未来を決める。
でも、
そうできる人もいる。
そうできない人もいる。
でも、そういうふうに
「決めました」と言う人を見ると、
せめて、自分も、
泣いてしまうことになっても、その覚悟くらい持っていようと、思う。
頭に刻みつける。
(フジの「スーパーニュース」(4/12)でも、
たまたま同じ彼女を取材していたのが、動画にあがっていました。
内容は少し違うけど、彼女の強さ&笑顔を見てね)
4月11日(日)
友達の家へ遊びに。
話してる途中で、また大きな余震。
立って、テレビをつけたりする。
この友達も、また心配しているようでいて、
そんなに、深刻に心配ではないのかも、と思って
それは、とても頼もしかった。
人って、意外な面がある。
そして、人の人生は、とっても、ひとりずつ違う。
********
夜、寝る前に、ずっと「ありがとう」と唱えている。
祈りが、空へのぼっていって、
そのカタチが、
遠くからでも、見えたらいいのに。
4月10日(日)
くにぞうと選挙に行ってから、
「ハウスのハウス展」へ、カワハラと。
マスミツ君の顔を久々に見る。元気そう。
しかし「花粉は、去年と違って、ものすごいよね!」という話をする。
私も、まだまだ鼻をかんでいる。
「ねじまき雲」さんの珈琲も、おいしかった。
おいしいものって、軽くて、キラキラしている。
********
その後、久々にカワハラとご飯食べながら、話。
こないだの夜の大きい余震の時は、お風呂に入っていたそうで、
あ、どうしよう、と
浴槽をまたいだり、やっぱり入ったりしてたら、終わったそうだ(笑)。
が、
地震のことでもそうだけど、
この人はなんか、最終的には、すべてにおいて、どっしりしているのだ。
覚悟がある、というのかね。
見習いたい。
そういう話からか、なんからか、
性格的に「こうなりたい」というのは、
「今こうである」というのの裏側だったりするから、
もうその、いいほうを伸ばすだけで、
欠点には、そろそろ目をつぶっていくのでいいんじゃないか、
みたいな話をする。
(「妙に役立つ…」の本でも書いたけど)
たとえば、
Aさん:いつも、どれも、なるほど、と思ってしまって、自分の意見がないような。
↑
↓
Bさん:意見はちゃんとあるけど、他を受け入れがたい場合が多かったり。
の場合。
Aさんは、
Bさんのように「自分の意見を持って、決めたい」と思うけど、
Bさんは 「素直にそうだなあ」と思えるAさんに、憧れがあったりするのだ。
あ、話がヘタかも…(笑)。
わかります?
これ、
両方をうまく持っている人が、いちばんいいと思うけど、
どっちかに行くと、どっちかがつぶれてしまう、というか。
「裏返し」でもあると思うのですよね。
だから、変わりたい、と思いすぎずに、
その自分のよさを認めてあげる方向で、いいんじゃないかと思って。
特に、私らくらいの年になったら。
誰だって、そうやって、ちがっているから、
この人と気が合うとか、
この人は謎だとか、
この人が好きとか、
おもしろい作用があるのでしょう。
4月9日(土)
楽天の選手が、
7日から一泊二日の強行スケジュールで、仙台に帰った様子をテレビで見る。
仙台空港がまだ使えないので、
秋田空港に降りて、バスで仙台に入ったようだ。
着いた日の夜、すぐ避難所に向かった、
星野監督の挨拶は、力強かった。
(この動画だと、話し方がよく伝わらないかもだけど…)
「耐えると、必ず、強い人間になれる」
というのが、印象に残った。
そして、
「子供たち、負けるなよ! しっかりがんばろうな!」と言うと、
子供達が、大勢で「ハイ!」って言うのだ。素直…(泣)。
スピーチする力って、すごいと思う。
そして、こういう地震とか不安な時は、大声の人がいいなと思う。
そして、その夜に東北に巨大な余震が!
選手達は、身をもって恐さを味わうことになる。
みんなが味わったことを味わう、という、
偶然には思えないほどの出来事。
***********
選手達は翌日、4つのグループに分かれて避難所を回っていた。
その中に、
幻になった開幕戦のチケットを持って、
避難所にいらっしゃった娘さんとお母さんがいた。
たしか、これだけ持って逃げたと。
そのチケットにサインしてもらって、
「一生の宝物です」と、ほんとうに喜んでいた…。
*********
地元仙台(←たぶん)のニュースでも、選手が避難所を回る様子をやっていた。
やっぱり東京のニュースより詳しい!
↑(上のニュースの中で)
日頃、あんまり大きな目標を言わない鉄平が、
インタビューで
「(被災者の方と)触れ合ってみると、すごく笑顔を向けてくれて、
『今年はがんばってくれよ』という声をすごくかけてもらって。
握手する力も強かったですし。
もう、勝つ!と。
勝って、クライマックス出て、日本シリーズ出て、
そして皆さんに幸せを届けて、笑顔を届けて、元気を届けて、
そういうシーズンにしたいと思います」と言っていた(泣)。
このコメント聞けて、よかった…。
*******
鉄平は、こないだのチャリティマッチ(4/3)の前の挨拶でも、
いい話をしていた。(抜粋↓)
「震災から数日たったある日、僕に一通のメールが届きました。
それは、宮城県沿岸部の方からでした。
『生きています。
家も、何もかも失ったけど、がんばって生きていきます』
それを聞いて、僕は言葉を失いました。
『でも開幕したら、野球で
被災地に元気や勇気、そして笑顔を届けてください』とも言われました。
(中略)
皆さん、ともに被災地への
有形、無形の支援をよろしくお願い致します」
鉄平らしい、すごくいい挨拶だった。
選手会長の嶋も、
その前日、感動的なスピーチをした。
(挨拶のひな形をもらったけど、
それではなく、自分で考えた文章を、ほぼ徹夜で暗記したそうだ)
『見せましょう、野球の底力を!』
というフレーズは、
スポーツニュースのそこかしこで、取り上げられていた。
野球を、観るどころではない人だっているけど、
心から楽しみにしている人もいる。
その日、 また選手や監督達は、
7時間くらいかけて、開幕戦のある千葉までバスで向かった。
4月8日(金)
朝6時半頃、起き出したくにぞうに気づいて、
テレビをつけて、びっくりするといけないので、
寝床から
「くにぞう、昨日大きな余震あって…」と説明すると、
「うそでしょ?」と何度も言っていた…。
テレビをつけて、納得。「うわー」と言っていた。
私は3時間くらいしか寝れなかったので、
ひとしきり喋って、もう一度11時頃まで寝る。
********
昨日の、TBSの夕方のニュース「Nスタ」(4/7)で、
「エアー断震」の家というのを取り上げていた。
まったく初耳だったけど、
家に設置してある機械が地震を感じると、
一軒家の床と土台の間に何センチか?空気が入り、
自動的に家が浮く形となり、家自体は揺れないのだそう!
(見ただけの記憶で書いているので、詳細は下記のサイトで↓)
東北にはこういう家は、まだなくて、
たしか関東のそのお宅の女性は、
「家の外を見ると、電柱とか揺れてるんですけど、
家は全く揺れなくて、うちのネコは寝てました」と話されていた。
開発者の坂本祥一さんという方も、
そのテレビで少しだけ、話をされていた。
ネットで調べたら、このサイトみたいです。
どうなんだろう…。ほんとに効果があるなら、すごいと思うけど。
また調べてみたい。
********
今日は午後、
切り干し大根を「まほうなべ」でつくってみた。
にんじんと油揚げの千切り、水で戻した切り干し(戻した汁も少し)を、
いつもの昆布&しいたけ出汁、醤油、みりんちょっとで一瞬煮て、
あとは、鍋にポン。
それで、完全にできてて、
夕飯の時にも、まだあったかかったので、重宝でした。
きっと今年の夏にも活躍するのでは。
夏の節電のためにも、何ができるのか、
テレビの特集などあれば、よく見て、考えている。
都知事選の投票が日曜なので、
それぞれの候補者の原発への意見など、お友達のサイト経由で見る。
別の、こういうサイトは、つながりにくいそうで、私も開けられなかった。
よい方向へ、と祈りつつ、投票に行きます。
4月7日(木)
夜11時半頃、東京でも、かなり大きな揺れ。
3/11より、揺れ幅や時間は少なかったが、
暗い中で、もうそろそろ寝ようかなと思いつつ、
ひとりテレビを見てたので、けっこうこわかった…。
急いで、台所の食器戸棚に
まだ半分だけぴらっと残しておいたガムテープを貼りにいったり。
東北では震度6の最大級の余震。そして大規模停電。
真っ暗な中で、津波の恐れもあったので、
どんなに恐かっただろう。
暗い中で、がれきだらけの場合、
いつもの道がなくなってたりして、
それでケガをしないように、とも呼びかけていた。
車ではなく、なるべく徒歩で避難してください、とも。
ドキドキしながら、しばらくテレビを見続け。
しかし、くにぞう…、
まったく、ぴくりとも起きないので、ほんとうに驚く。
この揺れで起きないって…。
まあ、そういうほうが安心なのか。
しかし、危機管理能力はゼロか…。
でも、こないだの持ち寄り会でも、話を聞いたら、
みんな女の人のほうが敏感に察知して、
こわがったり、揺れが残ってたりするので、そういうものなのかな。
********
こないだ納戸の整理をしてたら、
以前、一人暮らしの時に使っていた
タンスの転倒を防止する器具が出てきたので、
(私、昔から心配性なせいか、意外と備えるタイプ…)
1、2週間前に、本棚2つと
台所のレンジなどが入ってる棚を、それで押さえてみた。
(一番大きい本棚は、購入時に計画して、壁にネジで取り付けてある)
こんな被害の時に、なんなんですけど、
テレビ局の棚とかって、もっと固定できないのだろうか、と思ってしまった。
余震があんなに起こっているのに。
せめて、液晶テレビをガムテで貼るとか…。
新しいものを購入しなくても、
針金なんかでも、いろんなものが、留められると思うし。
きっと忙しくて、それどころではないのだと思うけど。
うちは液晶テレビも、購入時に、
後ろを金属の棒で、台に固定するものを取り付けてある。
(ネットで探して)
まだ余震が続く可能性もあるそうなので、
今、いちばん重要なことではないかもしれませんが、
それぞれのお宅でできることを探ってみては、と思いました。
4月6日(水)
日曜くらいから、
なんか頭と目が疲れてて、いくらでも寝れる、という感じで、
よく昼寝をしていた。
精神的な疲れもあるのかな…。
昨日、日記を打つついでに、
またパソコンであれこれ見回っていたら、
また、すごく頭がぼやーんとして、目と肩がガチッとなり、
弱ってる時に、長いパソコンはいかんぞ、と言い聞かせる。
目からの情報が多すぎるんだろうなあ。
でもパソコン、使わないわけにもいかないけど。
特に私の場合、
今は意識して、目や頭を休める方向にしたほうがいいみたいだ。
そして湯たんぽ入れて、ぐーっと寝ると、回復するよう。
ま、当たり前でしょうが…。
眠りの力を、ありがたく思う。
4月5日(火)
冷えとりのことを連載させていただいている
介護職のための雑誌「おはよう21」の原稿を、送信。
あとちょっとで1年の連載が終わると思うと、さびしくなった。
担当の女性の方が、すごくいい方なので。
いい方と仕事ができるって、なんていいことなんだろう、と改めて思う。
馬場わかなさんの4/2のブログ「菜の花」で
オーストリアの原子力発電所が太陽光発電所になった、という記事を見た。
おお…。すごい。
そして、すごく昔の記事だ。全然知らない自分…。
田中のり子さんも紹介されていた(4/3)
「いちめんのなのはな」というサイトも、ぜひ、ご覧下さい。
4月4日(月)
金曜から3日間行われた
ジャニーズ事務所のチャリティ「Marching J」
の様子をテレビで見る。
話を聞いた時は、え、そんなことして、大混乱にならないかな…と
心配だったが、大丈夫だったみたい。
smapのみんなが、(たぶん)先輩なんで…みたいな感じで、
中居君が司会をして、仕切ったり、
木村君が、それぞれのグループに
「自分達の曲を、ワンフレーズずつ歌おうよ」と言ったり、
剛君が盛り上げようと、三点倒立とか、バク転したり、
みんな募金箱の近くまで降りて、
剛君が隣にいるメンバーを
「木村君です、よーく見てください」とか、
楽しんでもらおうと、おちゃらけてたりするのを見て、
なんかいとおしくなった。
それぞれのグループの
アカペラのワンフレーズは、すごくよかった。
こういう時ならでは、だった。
この模様をDVDに収録して、チャリティで売り出せば、
全国の行けなかった人にも届けられるし、
もっと募金が集まっていいんじゃないかな、などと思う。
4月1日(金)
「報道ステーション」で、
自分も被災者ながら、
避難所でボランティアでマッサージをしている男の人を見た。
私と同い年の47歳。
名取市の避難所にいらっしゃる「柔道整復師」の大内さん。
10分ずつ、みんなの話を聞いてあげながら、マッサージをされていたのだが、
その話し方と声がやさしくて、すごく感動した。
「今日はもう出勤?」と若い男性に聞くと、
「今、知り合いの出棺あったんで、それに行ってきて…」
「津波で流された人…?」
「そうです」「あー、そう…」
別のおばあちゃんに、
「もう3週間すぎたのかな? そろそろ気持ち、疲れ起こすよね」
と言ってあげてたり。
子供のものが何かないか探しにいったお母さんに
「何かあった?」と聞き、
「子供が幼稚園の時につくったマグカップがでてきた」と言うと、
「こわれてなかった?」と。
「こわれてなかった」
「あー、ほんとに」
「最近、睡眠はとれてる?」と聞いて、
「あんまり…」と答えたら、
「みんな、いっしょだね」と、受けてくれたり。
なにか特別なことを言うわけじゃなくて、
ただ聞いてあげる、
という感じなんだけど、
やりとりが、100%受けてくれるというか、
包み込むようにやさしくて、
ほんとうに、人を受け入れるって、こういうことなんだろうなと思った。
最後にインタビューがあって、
「治療してるって形だけど、
逆に自分も話聞いてもらったり、やりとりで助けてもらったり、助けてあげたり、
与えたり、与えられたりの繰り返しだから。
前向き、前向き、前向き。
もう泣いても一日、笑っても一日だったら、前に行くしかない」
と話されていた。
すばらしい…。
そう。
まだできなくて、当然だけど、
どんなふうに過ごすのも、一日なのだよね。
同じ避難所にいる息子さんは、お父さんと同じ道に進むべく、
これから専門学校に通う予定だそう。
「目標は父」とのことだった。
こういうのを見ると、
人を癒す技術を持っている人が、うらやましくなる。